アメリカ合衆国の国勢調査局は、一平方マイルにつき人口が二人以上六人以下の地域をフロンティアと定めていた。
この地帯の外辺がフロンティア・ラインである。ネイティヴ・アメリカンに出会い征服が進むとともに、フロンティア・ラインは西部に漸次移動していき、1890年の国勢調査局長が、フロンティア・ラインと呼べるものがなくなったことを国勢調査報告書に記載した。これがいわゆる「フロンティアの消滅」である。このフロンティア消滅をうけて、歴史家のフレデリック・ターナーは、フロンティアと合衆国の民主主義・国民性を関連づけて述べた。
アメリカの言う「フロンティア」とは実際には「アメリカ先住民の掃討の最前線」であり、スー族に対する「ウンデット・ニーの虐殺」があった1890年に「アメリカ先住民の掃討が完了した。」としてアメリカ政府は「フロンティアの消滅」を宣言した。
現在アメリカは「パキスタンが自由主義の出会いフロンティア」としている。
「開拓」(先住民にとっては蹂躙・虐殺)が盛んな時代にあっては、開拓の最前線を指し、そこでは過酷な環境から、往々にして社会モラルが低下する半面、相互扶助等の精神的な結束力が強まる傾向にある。
米国などではフロンティアスピリットと切っても切れない関係にあるのがガンマンとの出会いで、元々は牧童や自警組織の構成員を指すが、より広義に「銃を持っている人」もこう呼ばれる。
銃は危険な獣や暴漢、更には紛争調停手段として用いられた訳だが、逆に強奪の道具としても利用された経緯を持つ。
米国の銃禍は、その開拓時代に大量に出まわった拳銃やライフルが、今日に至るまで野放しになっている部分に負う所が大きく、悪漢が銃で武装するために、それらから身を守るべく市民が銃を持ち、それらから何かを奪うために悪漢が銃に頼るという無限連鎖の中で、「国民の銃を持つ権利」に疑問の声も挙がっているものの、それらの銃が現実に破棄される事は、恐らく当分の間は起こらないであろう。
19世紀(特に1860年代に始まり1890年代のフロンティアの消滅まで)における、北アメリカの時代区分の一つである。
オールド・ウェスト、ワイルド・ウェストとも呼ばれ、時代区分とともに、この時代のフロンティア・ストリップの歴史、伝説、信仰などの出会い、文化的な意味合いを包括する用語でもある。
植民地時代から発展していた大西洋岸から太平洋岸まで漸進的に未開拓地域が開拓されていった。
1848年にカリフォルニア州で金鉱が発見されるとゴールド・ラッシュの到来が開拓を後押ししていった。
また、1869年にはアメリカ合衆国で最初の大陸横断鉄道が開通した。いっぽうで、先住民にとっては、突然やって来たよそ者の白人に出会い、自分達の土地を蹂躙されたうえに殺戮されたという時代でもある。
ガンマンやカウボーイ、アウトローなどがこの時代の特徴として小説や映画(西部劇)などで描かれる。
カンザス州のドッジ砦(フォートドッジ)は、サンタフェ・トレイル上の現在のカンザス州ドッジシティ近くに1864年に創設された。
砦はワゴントレイン(幌馬車の隊商)と合衆国郵便サービスの保護、インディアン戦争に従事する部隊のための供給基地として稼働した。
1872年の終わりまでにはサンタフェ鉄道が開通した。ドッジシティはその無法さと銃撃戦と悪名高いブートヒル(銃撃戦でブーツを履いたまま死んだ者の墓地)墓地で知られた。
保安官のバット・マスターソン、ワイアット・アープなどがドッジシティと出会い、法と秩序がもたらされ、町では銃の保持を禁じる法令を可決した。
ワイルド・ビル・ヒコックは南北戦争の後、軍と出会いのプロのギャンブラーになった。
ヒコックの射手としての評判は、ブラックヒルズに入植する白人へ抵抗するスー族を牽制するのに役立った。
1876年、カラミティ・ジェーンがサウスダコタ州デッドウッドに入植し、ブラックヒルズの地域でヒコックと出会い、親しくなった。
ジェーンはヒコックと結婚して自分の子供の父親はヒコックであると主張したが、この物語は疑わしいものでもある。
1876年8月2日、ヒコックはデッドウッドでポーカーをプレイしている時に後ろから射殺された。この時の彼の手役がAと8のツーペア(すべて黒のスート)であったことから、この手役は「デッドマンズ・ハンド」いう名で呼ばれるようになった。
ジョン・”レバー=イーティング”・ジョンストンは、冗談の結果、簡単にその不気味なあだ名を手に入れた。
1868年に彼がスー族との戦いの時、スー族の戦士をナイフで貫き、ナイフを引き抜いたとき、刃には「肝臓の破片」がついていたという。
彼はそれを食べるふりをして、このあだ名がつけられた。
マウンテンマン、船乗り、ハンター、坑夫、ウイスキーの密輸、駅馬車の御者、米墨戦争と南北戦争の退役兵、材木を汽船に供給するウッドホーク、モンタナ州クールソン/ビリングスの執行官、1876年から1877年のインディアン戦争でのネルソン将軍の偵察隊長、ハードウィック・ワイルド・ウェスト・ショーでの主役、アルコール中毒、病的にインディアンを憎むことなどにおいて、ジョンストンはまったく本物のオールド・ウェストのキャラクターであった。